
こんにちは!瑠璃です。
先日、このようなニュースを知りました。
独身男性の「年収240万円」金欠生活を発信してきた人気YouTuber「絶望ライン工」さんが、結婚と子どもの誕生を報告したところ、炎上してしまったとのこと。それを受け、チャンネルを休止されているそうです。
私はこの方を存じ上げていなくて、ニュースを読んで初めて知りました。YouTuberって本当、人気が分散しているというか「知る人ぞ知る」な方々がたくさんいらっしゃいますね。私が好きなゲーム実況者も、何十万人という登録者を抱えていて、大会場でのリアルイベントをやったりしていますが、おそらく世間に広く知られているわけではないだろうと思います。現代ならではの「インターネット空間の分断」と言えるかもしれません。
なぜおめでたい話で炎上しているのか?
上記のニュースとコメント、Xでの反応などをざっと見てみたところ、いろいろな要素が絡み合って話が広がっているように見えます。
まず、結婚とお子さんが生まれたことはおめでたい話ですが、その発表の少し前まで「独身」という立場で動画を更新し続け、執筆活動や音楽活動もしていたとのこと。彼が発信してきた人物像や境遇を信じて応援していた人にとっては「騙していたのか!」と感じられるのも無理はないでしょう。
一方で、長く動画を見てきた人の中には「騙されたも何も、あれはただの設定だってわかるだろ」という意見を持つ人も。確かにチャンネルの概要欄に「私のチャンネルはすべて幻であり、虚構です。」と書いてあります。
さらに、チャンネル登録者は(私が今確認した時点では)66.2万人、動画は安定的に数十万再生、サムネイルの作り込みやタイトルをざっと見ても、かなり成功しているYouTuberだという印象を受けます。
チャンネル開設当初は本当に独身、非正規雇用で低収入、孤独だったのかもしれませんが「今やYouTubeでかなりの収入がありそう→結婚していてもおかしくない」と捉えていた人もいるようです。そうした人たちからすれば、「あれを真に受ける方が問題」として、設定を見抜けなかったファンに苦言を呈している様子も見られました。かの有名な「嘘は嘘であると見抜ける人でないと…」という考え方ですね。
もはや本人がどうこうだけでなく、YouTubeリテラシー、弱者男性、職業差別、貧困問題等々、さまざまな要素を含む話題として広がっています。
「辛い状況」をコンテンツにすること
このニュースを見て思い出したことがあります。
数年前、とあるネット有名人の方が「妊活をリアルタイムで発信する」としながら実は妊娠判明後も妊活中であるかのような発信を続け、バッシングされてしまうということがありました。
私も当時(それこそリアルタイムで)その発信を少し追っていたので、彼女が「妊娠しました!性別は…予定日は…」みたいなことを発表したとき「あれ?ちょっと前まで妊活うまくいってないような話だったのに、もう性別がわかっているとは?」と、不思議に思ったものです。
この件も、絶望ライン工さんの件も、せっかくのおめでたい話なのに「設定と違うやんけ!」というツッコミを招いてしまう状況が、炎上の発端なんですよね。
結婚や、妊娠出産にまつわる話は家族も巻き込むプライベートかつデリケートなことなので「逐一報告しろ!」とまで思っている人はほとんどいないでしょう。ただ、これまで発信してきた内容や、それを見ていた人たちの心情を考えると、伝え方にはもう少し工夫の余地があったのかもしれません。
ましてや「それがうまくいかなくて辛い」という状況をコンテンツとして発信していたならば、そこには同じような辛さを抱え、共感しながら見ていた人もいたはずです。そのあたりを意識して発表していたら、そこまで炎上することもなく祝福されたんじゃないかなと思います。例えば、いきなりサプライズ的に発表するのではなく、段階的に情報を公開していくとか、「実は婚活(妊活)で苦労しました」と後から発表するとか。逆に、設定から外れることは一切公表せず隠し通すというのも一案ですが、生活密着型のコンテンツとなると難しそう。
辛い状況が売りになるのも理解はできます。プロセスエコノミー的な「過程に価値がある」ような考え方だと「うまくいかない自分」もコンテンツとしてはある意味魅力的です。しかし、やっぱり見せ方を工夫しないと、いざうまくいったときに「がんばった成果」よりも「設定を覆す手のひら返し」のように受け取られてしまう。そうすると結局、それまで築いてきたファンからの支持や信頼も簡単に失ってしまいかねません。
おわりに
前回の記事で書いた、負け組を名乗る人も「うまくいかない自分」をネタにしている人でした。もしどこかで発信を再開していたとしたら、今回のニュースを自分事あるいは反面教師として見てくれていたらいいなぁなんて、お節介なことを考えてしまいました。
私自身も、目立たないとはいえインターネットで発信をしている者のはしくれ。自分のことをどこまで書くのか、そしてそれが読者にどう受け取られるのか、細心の注意を払わねば…と思いました。






